写真とカメラ

「たくさんモノは要らない、データでいい」写真をアルバムにする必要は本当にある?

日頃「写真をプリントにする」ということに向き合っているカオルPです。
これは「データを形にする」と言い換える事もできます。
その逆で「書類をデジタル化する」という事も叫ばれており、ペーパーレスも進んでいますね。
電子書籍も普及してきています。つまり、必ずしも紙である必要がない時代になってきました。

プリントするメリットについては、発行している「写真整理マガジン「写真のきもち」」でも触れています。

「写真整理マガジン Vol.3」より

今日は「アルバムは良いというけれど必要性を感じない。でも本当にそれでいいのかなあ?」
と、モヤモヤっとしている方に、写真データを形にするメリットを紹介していきたいと思います。
心の琴線に触れつつ、歴史を刻むという観点から掘り下げてみたいと思います。

今日の記事の流れ

写真が紙であるメリット
 1)触る事ができる
 2)見るための機械的アクションが不要
 3)捨てる事ができる
愛着が増し、人に想いを伝えやすいのが紙
記録として未来に残せるかもしれない

写真が紙であるメリット

まず写真データを紙にすると物理的に良い点があります。

  1. 触る事ができる。
  2. 見るための機械的アクションが不要。
  3. 捨てる事ができる。

当たり前のことなのですが、これらは意外に良い点があるのです。

1)触る事ができる

写真を触る事が出来る。
「スマホの写真だってスマホを触ればそういう事にならないか。」と、思うかもしれません。でもモノとして形になっていること。これはコミュニケーションツールとして役に立ちます。

「紙」はコミュニケーションツール

私は印刷物を作る仕事(グラフィックデザイナー)をしていた時期があります。チラシや雑誌など基本的に「捨てられてしまうもの」を作っていました。
そう考えると「作っていて切ない?」と思うかもしれません。でも、そんなことはないんです。
例えば製品チラシなら、その製品を「紹介したい人」と「検討している人」の橋渡しができるから。そこに価値があるからです。その役目を果たせるかどうかが最重要です。
今なら「web広告でも十分じゃない?」となるかもしれません。確かに昔に比べてチラシは減ったかもしれませんね。

ですが、webと紙には決定的な違いがあります。webやTV広告は流れていく。留(とど)まってくれないということです。紙ならば渡された瞬間に目に飛び込み「存在し続ける」ことができるんです。
捨てない限りは。

2)見るための機械的アクションが不要

そして紙であれば、そこにある像を見るための機械的アクションは要りません。
データの場合は、まずデータを入れるための入れ物が必要です。データが厄介なのはその入れ物の中身を見るために、何か別の機械を通さないといけないということです。
USBメモリもSDカードもCDもそうですよね。何か再生する機器が必要です。
スマホに入っているデータはスマホがあるから中身が見えるのです。
データは電子データですから、それを見るためには電気も必要なのはご存知の通りですね。
機械も電気もあれば問題ないんだから良いじゃない?!
そうなのですが、それがなければ無いに等しいのです。

3)捨てる事ができる

そして「捨てる事ができる」。これは唐突でしたか?「データだって削除できるじゃないか?!と」思いましたよね。
ここで言う「捨てる」は気持ちの整理をつけやすいという意味です。
写真を捨てることが得意の方は少ないかもしれません。「きっと大事なモノであろう写真」を捨てるのには抵抗がありますよね。

でも「昔つきあった恋人の写真を捨てた!」これ、経験あるんじゃないでしょうか?
「もう関わりたくなーい」って人がいれば、その名前を書いて燃やすといい!なんて話を聞いたことがあります。
思い出も時とともに変化する場合があります。その時は良くても、自分にとって辛い思い出になるとか、ネガティブな気分になるものもあるかもしれません。そんな時は捨てても良いと思いますよ。
気持ちがスッキリ・・・するかもしれません。

愛着が増し、人に想いを伝えやすいのが紙

「紙」の物理的側面から書きましたが、それ以外に重要なことがあります。
それはデータを形にする変換作業そのものです。
写真をプリントし、アルバムにするというのには手間も時間もかかりますね。だからこそ、プリントするために「大事な写真を選ぶ」ということをすると思います。
この一連の「変換過程」が実はとても大切なのです。

手をかけて作っているものは、見れば分かります。そこに価値を感じたりするものです。
例えばパンフレット。その紙がしっかりしたもので、さらにはコピー(文章)やデザインも素敵だと「本気で作っているな」「捨てづらいな」と感じたりしませんか。
プリントはコストが発生するので「お金かかっているね!」というのもありますね。

写真をプリントし、アルバムにするという場合には過程があります。

  • プリントする写真を選び
  • プリントオーダーをかけ
  • 編集する(アルバムにする)

なかなかの手順ですよね。

この過程をたどった本人は、その過程の間、写真を見ます。
だから、被写体に対して愛着を増すし、思い出を定着しやすいのです。そしてそれを作ってもらった人は嬉しいはず。

「家族アルバム」なら、アルバムを作っている親御さんは被写体である子供に対してますますの愛情が増す。そして楽しい思い出をいつまでも覚えている。それを見た子供は写真を見ることで思い出が定着する。親が自分を愛してくれていると感じる。

思い出を大切にしているというのが伝わりやすいのが紙のメリットでもあるわけです。

写真を画面で共有するのは手間も少なく、忙しい現代人にはしっくりくる方法。もしかすると「(紙の)アルバムを作る」ことは1部の人だけがやるものになっていくのかもしれません。
ただ、そこにかけた時間で得られる、家族の絆や結びつき、愛情の伝播は、画面の共有よりも強いものだと思います。「自分の存在価値」を実感しやすいのです。

だいぶ「重い」話になってしまったでしょうか!?
「手編みのセーターを恋人に贈る」を説明している気がしてきました(汗)。

忙しい現代人が「アルバムを作る」というハードルを超えるためには、写真をいとおしむ時間の余裕を作る事やアルバム作りが当たり前の社会であるといった風潮が必要な気がします。

記録として未来に残せるかもしれない

SDGsが叫ばれる今、私たちが住んでいる地球自体がどうなっていくのかは分かりません。
でもこれまで人は過去に学んできたはず。
それが書物であったり、住居の壁画であったり。記録があったからこそ紐解く事ができたのです。
記録がデータだけ!となると、それを後世に伝えることはもしかすると難しいかもしれないです。

データを守る事は、とても大変だからです。私たちが普段やっている「バックアップ」は、あくまで一時的なもの。これを未来に向けて長期的に守り続けるのは「アーカイブ」です。

参考記事:
「バックアップ」と「アーカイブ」の違いについて違いを理解し、効率的なデータ保管を

家族写真を「アーカイブ」しているという人には会った事がありません。
そこまでするのであればプリントする方が早いです。

そもそも「1個人の家族アルバムが歴史的資産になるなんて思えないし」と思いますよね。
でももしかして、何かの理由で地球に大きな変化があった時。「古いアルバム」が未来の人の宝にならない!とは言い切れないんじゃないでしょうか。
だからと言ってその理由でアルバムは良い!と言うのは何か違う気がしますけれどね。

余談ですが、所ジョージさんが、世田谷ベースで面白いものを作っているのはご存知ですか?
「自分がアカデミー賞を取った」・・・かのようなポスターを作っていました。
そのポスターを見ると賞を辞退したことになっています(笑)。そのポスター、とても完成度が高いんです。「未来人を騙せるかもしれないでしょ」と楽しそうに言っていました。
面白い話だな、と思って妙に覚えています。

※実はこの記事を書いたきっかけは2019年の写真の展示会内のコピーです。
「写真はプリントしてこそ価値がある」というコピー。妙な違和感を感じたのです。その言葉自体は間違えではないのですが、写真そのものの価値を伝え切れてないコピーのように感じたからです。
その後何度か改稿して本記事となっています。
(2019年6月24日公開記事。最終更新日2021年4月20日)