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学校で学んだ裏表、人は見えるものを優先する理不尽

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光と影はワンセット

今日の記事はカオルPです。

カオルPは物事には全て裏表があると捉えるようにしています。
かなり反射的にそう考えるところがあるのです。
マスの意見が白だとしても、黒の意見もあって然りだと思っているということね。
常に疑ってかかってるとも言えます。
特に人間関係なんかでは「ケンカ両成敗」の考え方がベースにあったりします。
光と影はワンセットで、光だけが良いわけでもない。影がなければ光は輝かないからね。

ともかくその反射神経のせいか、
たくさんの人が白だと言っていたとしても、黒い意見があると思っているのです。常に。

なんでそんな反射神経ができたのか考えてみました。

学校時代の理不尽

みなさんそうかな、と思うのですが、学校のような組織の中では、いかに効率よく教育するかが重要になってしまうせいか、「理不尽」や「決めつけ」が多々起こります。
カオルPが感じたそれらは1つ1つはとってもチッポケなことなんですが、
おそらくそこに起因してそうです。

おしゃべりの注意を自分だけ受ける謎

カオルPは高校時代、実は結構な優等生で、先生からも一目置かれていました
(自分で言っても説得力ないのはさておき)。
で、女子校だったせいか、授業中におしゃべりが始まりがちなのですが、
ある時、前の座席のクラスメートが後ろを向いてわざわざ授業中に話しかけてくる。
思いっきり後ろ向いて何やら言うから、無視するわけにもいかないじゃない。

それを見た先生が、私だけを注意した・・・ということがありました。
しまいには「立ってろ」。
「ん???」ですよね。だいたい「おしゃべり」って一人でしないし!

自分のミスを疑わない教師

修業式の賞状受け取りの時には、予行演習で先生の合図で、壇上にあがる事になっていました。
ところが本番、先生はその合図を出すのを忘れている!こっちは待っている。
でも見れば「早く上がれ!」的に私に怒り顔です。

これも謎でした。

人は都合の良い生き物

これらのことは、本当に小さな小さなことで、そんなこと覚えてたのか?と言われそうです
(正確には今日の記事のために思い出したのです)。

腹もたったのだけど、ある時そこを過ぎて、

人ってのは

自分の見えてるところだけで判断しがちだし
(先生からは後ろを向いている生徒より私の顔の方がよく見えた)、

その事象に相手や第三者がいることはとっさには考えない
(反射的に怒ってるから、そこまで考えない)。

そして自分に問題があるとはつゆほども思わない
(自分はミスしないと思っている)。

といったことが、なんとなく刷り込まれたんだと思います。
だから、そういったことは常に自分もしでかすと思っているんです。

学校での例を出しましたが、実際には家庭環境もあったと思います。
父も母も自己主張の強いタイプの人で、よくぶつかってました。
でもその内容が謎で(笑)。
子供的には、二人とも無茶苦茶な理論を言う時もあれば、それは正論かなと言う時もあったので。

流されずに生きる

そうやって、裏は間違いなくあるという信念みたいなものが
「人の噂をそう簡単には信じたくない」ということに繋がっています。
あと「長いものに巻かれてたまるか」みたいな反骨精神にも繋がったかも。
良い悪いは別として。

ネットの情報もそうですね。
出典、大事ですよ。

「あの人がこう言ってた」も、場合によっては全然あてにならないのです。
例えば尊敬している「あの人」がいつもと違う変なことを言いだしたとしたら
そこに理由があるのではないか、とか
なりすまし、とか
そういう可能性をまず疑ってみても良いんじゃない?と思います。

子供の学校でのトラブルでも
「自分の子は絶対に悪くない!」と言い張る保護者さんがいるようですが、
それもね。
悪くないとしても、何か原因の一旦があるのかも?
くらいに、余裕をもって振り返ってみたらいいのに、と思います。

大衆の意見が白であったとしたら、黒の意見あっての白。
黒に隠されている秘密を追わずにはいられないのです。

先日イベントで書き贈り詩人の「じゅんぺい」さんにもらったお言葉。合点がいく!